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全く変わらない麻生のお上目線

’09衆院選:投票まで17日 党首討論、財源巡り激論−−21世紀臨調主催
◇「バラマキだ」VS「ムダ削れる」 攻める麻生首相、守る鳩山代表

麻生太郎首相(自民党総裁)と民主党の鳩山由紀夫代表は12日、東京都内のホテルで開かれた「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)主催の討論会に出席した。首相は民主党が衆院選マニフェスト(政権公約)に掲げた子ども手当などの政策について「毎年続けるのは不可能。財源なきバラマキは無責任だ」と批判。一方、鳩山氏は「全く財源の心配はしてない。優先度の低い事業をやめ、行政の無駄をなくすことでまかなえる」と押し返し、財源問題を中心に激しい議論が展開された。

この日は首相が仕掛ける場面が目立ち、「攻める首相、守る鳩山氏」という印象を残した。

冒頭、首相は「一番の違いは責任力だ。公約には実現可能性と一貫性が必要」と政権担当能力を強調し、鳩山氏は「今回初めて政権を国民が選べる選挙になる。無駄の多い国は官僚任せの政治では打破できない」と政権交代の意義を訴えた。

財源問題で首相は「(民主党は)子ども手当に5兆円、高速道路無料化に2兆円、農家戸別補償に1兆円と言う。子ども手当の財源として配偶者控除、扶養控除の廃止などを挙げているが、全部削っても1・4兆円」などと批判した。

鳩山氏は「天下り先への予算を大幅に削ることなどで9・1兆円を約束をしている」などと反論。そのうえで、65歳未満の子どものいない専業主婦家庭で増税になることについては「子どもは社会全体で養うという考え方にしなければ、少子化対策は打ち出せない」と説明した。

消費税の増税については、鳩山氏は「政権を担う4年の間、する必要はない。経済的にもその必要は感じない」と重ねて否定した。首相は「まず基本は景気回復。仮に名目(成長率)で2%になるのであれば、(消費税増税を)遅滞なくできる状況になったと判断していい」と述べ、姿勢の違いが鮮明になった。

安全保障問題では、首相はインド洋での給油活動での民主党の変化を批判。鳩山氏は「テロとの戦いのなかで本当に大事な支援を考えていくべき時だ」と主張した。
【高塚保】
(毎日jp)
JUGEMテーマ:ニュース
内容はさして目新しいものはなかったものの、このところ党首同士の議論、直接対決が増えてきているのはよい傾向なのではないかと思う。
そして、それこそこの選挙のテーマが民主党の掲げる「政権交替」へと論点が集中してきていることへの証ともいえる状況になってきた。

そして、この直接対決を目にするにあたって、あらためて自民党と言う長く続いた政権の体質が明らかになってきたように思う。
それはどんな体質か?

日本という国は戦後、民主主義の国になった。
民主主義とは書いて字のごとく、「民」が「主」である政治体制のことである。
ではそれ以前はどうであったか?
それは天皇に主権があり、「民」は家来「臣」であるという体制である。
しかし実質的に天皇一人で国民全体を統治することは出来ない。
そこで「官」つまり天皇の命令を受けて任命された人間が統治し、さらにまたその人間から命令を受けた人間が更に仮想の人間を統治すると言う官僚機構が実際に天皇の代理として統治すると言うシステムを作り上げていた。
しかし、それはじつは明治以降に始まったものではなく、その官僚機構の名前が変わっただけで、大差なく続いてきたシステムであった。
江戸時代も形式上ではあるが最高権力者、将軍は天皇に命じられる形をとり、その行政システムを構成する官僚はサムライという人々であったことは大差ない状況であった。
この「民主」ではなく「君主」、お上を主人として奉公するという主義そのものが連綿と続く官僚機構の構成員、官僚やサムライの価値観のベースであった。
明治以降は民に対しても制限付でいくばくかの「権利」が与えられたものの、基本的に「主」である「君」に対する忠誠に勝るものはなく、形ばかりの権利もその前には形骸的なものに過ぎなかった。

しかし、戦後突然民主主義へと転換し、今まで「臣」であった「民」が「主」になった。
こんなことは書かなくても中学校で習ったと思う人も多いと思うが、中学校でも習うこの変化に、当初は官僚組織も、そして他ならぬ国民自身も戸惑い、対応に苦慮したと言うことは、今の我々の時代からはなかなかに想像しがたいことではないだろうか?

隷属する立場からいきなり、今度はあなた方が主人ですよ、と言われても人は突然その自由の実感がわかない。
むしろ言いようのない不安を感じててしまうくらいである。
一部のアタマの弱い人々は「いや、違う!自分達はやっぱり奴隷だ!命令する存在がいないとダメなんだ!」と騒ぎ出した。
それがいわゆる今で言うウヨクと言う人々である。
それ以外の多少なりとも理性のある人々は、自分の精神の中心にあった天皇という存在が突然ぽっかりと空いたその空洞を埋めるものを探した。
それが「アイドル」、偶像である。
戦後出現した美空ひばりのような国民的歌手の存在、または力道山、大鵬のようなスポーツにおける英雄像というものは、おそらく今の小粒になってしまったアイドルやスター選手の存在と比べるとまるで星と太陽ぐらいの違いであったはずである。
しかし、それはそういった戦後の偶像たち自身の資質によるものではなく、むしろ人々が心の中に求めた埋めるべき空洞が如何に大きかったかと言うことを象徴しているに過ぎないのである。

話はちょっとそれたが、それでは官僚達はどうしたか?
国民を新たな主人と考え、公僕、つまりみんなの僕として生まれ変わったのかと言えば、一部はそうであったがそうでない官僚もいたであろう。
なにしろ主人である国民自身でさえそう考えるのに苦慮したのである。
そうするうちに新しい主人、国民の代表たる政治家と言う存在は結局官僚機構と利害が一致し、実質上官が官を主人として、つまり自ら好き勝手にできると言うことに気がついた。
そして今のように誰も止める人間がいない状態で政治が崩壊してしまったのである。
結局は官僚=サムライがサムライの為に国を治めるという、武士の一分の下に実質上サムライ主権政治をいつの間にか復権させてしまっていたのである。

そこが市民革命を経て、国民が自ら段階的に様々な権利を王や貴族から戦って勝ち取ってきた欧米と、突然何の心の準備もなくそれを与えられた日本との違いであったわけであるが、日本国民には戦後半世紀以上を経て、やっと「どちらが主人か」がわかってきたことが今回の選挙に至る状況であると思う。

そういった流れを意識してこの討論における麻生を見ると町人には二つのことが気づかされるのである。
一つには内容、顕著なのは増税論議や財源論などにおける麻生の相変わらずのお上目線である。
麻生は景気回復、景気回復を唱え、その後の消費税増税を強調する。
景気回復が必ずしも国民生活の回復には繋がらない。
それは前回の「景気回復」で我々ははっきりと知っている。
今でも国民の所得は低迷したままである。
必要なのは「国民生活の回復の為の」景気回復なのである。
増税論議はそこへ至った後の話であろう。

それは財源論においても同じである。
麻生は官僚の言うことを鵜呑みにして、民主政策の財源論を攻撃する。
麻生の言いたい事は「無駄はそんなに排除できない」つまり今の政府、官僚の金の使い方には「そこまで無駄はない」ということである。
民主はまだまだ無駄があるので、それをなくせば財源は充分にあると言っている。
民主の最大の「無駄排除」こそが天下りの根絶である。
これが事実である。
最も無駄なのは天下り機構だ。
天下りをなくすだけでなく、こういった団体もなくせばいい。

今、例えば何か公共事業をするのに官公庁はまずこの天下り団体に調査を依頼する。
天下り団体はその仕事を請けて、そのまま民間に依頼する。
そして莫大な手数料をのせて、民間に丸投げした調査結果を出して報酬を受け取る
その報酬が年間一人何千万という天下り団体の役員報酬になっている。
こんな馬鹿なことをやめて官公庁が直接民間に発注すれば言いだけの話である。

工事や施設の運営も同様である。
天下りをなくし、天下り団体をはさまなくなるだけで年間どれだけの税金が節約できるか、想像もつかない。
結局なにか考えているフリをしたり、口先だけでいろいろ反論しても、最後には官僚目線、サムライ目線での立場でしか物を言えない。
それが麻生、自民党であるということがはっきりとわかる。

そして麻生を見て気づいたもう一つのこと、それは話す内容だけに留まらず、態度にもそのお上目線の傲慢さが表れているということである。

終始麻生のふんぞり返って見下ろすような視線、それはあくまで「主」はオレだぞとでも言いたいかのような傲慢さを感じて非常に不快であった。
そしてもう一つは最後に握手を求めて近づく鳩山党首を無視して立ち去ったことである。

別に握手をしてもしなくてもかまわないとは思う。
もちろん麻生が鳩山党首に気遣う必要もないと思う。

しかし麻生があの場でああいう傲慢な態度に出ると言うことは、それを見ている聴衆やテレビで見るだろうである国民に対する気持ちをあらわしている
多少でも国民に対する気遣いがあれば「鳩山の握手を無視して傲慢な態度を見せると、国民に感じ悪いと思われるかな〜」くらいは気にするものである。
しかしそれさえも感じないということは麻生の中では国民と言う存在は自分が気を使うに値しない存在、つまり「下僕どもに気を使う必要なんてない」という程度のものでしかないということである。
つまり、麻生の中では民主主義というものはまだその程度のモノでしかないと言うことなのだ。
まさにいまだに続く武士の一分ということであろう。

江戸時代には士農工商という階級制度があり、「士」は今で言う政治家、官僚、警察や自衛隊を含む公務員、「農」は今の一次産業従事者、「工」は職人、今で言う二次産業従事者、そして「商」は商人、つまり商業、サービスを含む三次産業従事者と言う構成であり、その中でも二次、三次産業従事者は町人と呼ばれた。
今このブログを見ている人々のほとんどはその町人に該当する人々であろう。
いくらサムライジャパンとか言おうが、日本人のほとんどは今や町人であり、その多数を占める人々がマジョリティであり、民主主義の「主」なのである。

どちらの立場で語れる人物に将来の日本を任せるのがふさわしいか?
それを問うのが今日の町人の一分である。

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  • 2017.07.24 Monday
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