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  • 2017.07.25 Tuesday
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これが『決着』なら鳩山内閣も完全に終わった

普天間移設:復帰後も過重基地 憲法で見た「普天間」

米軍普天間飛行場の移設先決定が大詰めを迎えている。昨年の衆院選で「県外・国外」を訴え、政権交代を果たした鳩山政権は、名護市辺野古へのくい打ち桟橋方式による滑走路建設などで決着を図る考えだ。憲法施行から3日で63年を迎えたが、全国の米軍専用基地の74%が集中する沖縄は1972年の本土復帰後も過重な基地負担を強いられ、「明らかに不公平、差別に近い」(仲井真弘多知事)状況。「平和的生存権」「法の下の平等」などの憲法の精神からは、かけ離れた実態が続く。憲法の視点から普天間返還・移設問題を再検証した。(与那嶺松一郎、内間健友)

【平和的生存権】「命の危機」現実問題

「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有する」。憲法前文で明記されている「平和的生存権」だ。

2004年、普天間飛行場から飛び立った米軍ヘリが沖縄国際大学に墜落。奇跡的に死傷者は出なかったが、市街地の真ん中に位置する基地が、周辺住民の命を日常的に脅かしている実態をあらためて示した。

憲法学者の高良鉄美琉大教授は1950年代前半の朝鮮戦争の際、在沖基地への夜間攻撃を想定した米軍が、住宅地に灯火管制を指示したことを挙げ、基地を抱える沖縄は現在でも攻撃目標となる可能性を指摘。ヘリ墜落などの事件事故を合わせて、「抽象論ではなく、沖縄では平和に生きる権利が具体的に脅かされている」と強調する。

政府が「沖縄の負担軽減につながる」と説明する県内移設を、「平和的生存権の侵害が県内の別の所に移るだけであり、問題解決にはならない」と批判する。

普天間では米軍機の離着陸の安全確保のために土地利用を禁止すべき区域が、飛行場外にはみ出し、小学校や公民館などに重なることも明らかになっている。

高良教授は「健康で文化的な最低限度の生活」をうたう憲法25条や、関連する「環境権」などの観点からも問題があると指摘する。

【法の下の平等】裁判所、判断を回避

県民大会で仲井真知事は基地の状況を「差別」と従来にない強い表現で批判した。米軍基地が集中する状況を専門家は憲法の「法の下の平等」に反すると指摘するが、司法は「不平等」との判断は避けている。

1995年、米軍用地特措法と土地収用法に基づく土地調書などの代理署名事務を大田昌秀知事(当時)が拒否。知事は基地重圧の苦悩を訴えたが、高裁、最高裁ともに「著しく公益を害する」とし代理署名を命じた。高良教授は「基地集中は明らかなのに、不平等が認められないのは理解できなかった」と振り返る。

【民主主義】県外移設の民意を軽視

4・25県民大会は県内移設に反対する県民要求のうねりを示したが、新政権の発足以来、政府と沖縄との間では「民意」をめぐる認識に深い溝が横たわっている。民主主義国家として、憲法前文でうたった「国民主権」の原則。ところが、1月の名護市長選挙の結果について平野博文官房長官が「斟酌(しんしゃく)しなければならない理由はない」と住民自治の軽視ともとれる発言をするなど、歴史的な政権交代に寄せた県民の期待は、不信と反動を招きつつある。

昨年の衆院選前に、鳩山由紀夫首相は「最低でも県外」と繰り返し、沖縄のすべての選挙区で現行案反対を訴えた候補者が勝利した。今年に入ってからは、名護市で「海にも陸にも新たな基地は造らせない」と明言する市長が誕生。県議会でも、県内移設を容認してきた県政与党の方針転換があり、国外・県外を求める意見書が全会一致で可決された。

それにもかかわらず、政府内には5月末決着に向け、現行案を修正した県内移設で決着を図る姿勢が見られる。三宅俊司弁護士は「国民は政権に対し、基本的には(選挙で)約束した範囲内で権限を与えている。選挙の公約の範囲を超えれば、絶対権力者と同じだ」と総選挙での主張を公然と翻す対応を批判した。

【9条と安保】軍事的一体化進む

日本国憲法を特徴付けるのが、平和主義を掲げた9条の存在だ。しかし、9条が戦争の放棄・不保持を規定する一方で、改定50年を迎える日米安全保障条約は米軍の国内駐留を認めてきた。国土の0・6%にすぎない沖縄に米軍専用施設の74%を押し込め、世界の紛争地へ在沖海兵隊が出兵していく日米安保の実態は、憲法の理念と大きく乖離(かいり)している。さらに「日米同盟」の名の下に自衛隊が米軍の世界戦略に組み込まれ、憲法をなし崩しにした軍事的一体化が進む。

普天間飛行場の移設問題をめぐり、鳩山政権の閣僚らが盛んに主張する在沖海兵隊の「抑止力」だが、実際の部隊展開はイラク戦争の前線での戦闘行動など、日米安保の適用範囲である極東の枠を逸脱。海兵隊の沖縄駐留の必要性や根拠が明確でないまま、米軍統治時代からの基地の占有が続く。

復帰運動では「核抜き・本土並み」をスローガンに掲げたものの、有事の際の核持ち込みを認める「密約」の存在など、平和憲法の適用を求めた県民の望みは裏切られた形だ。

さらに、2001年の米同時多発テロ以降は、米国が主導する「テロとの戦い」に自衛隊の協力が求められていく。憲法論議も深まらないまま、自衛隊によるインド洋での給油活動やイラク派遣が実施された。

06年の在日米軍再編の最終報告では、名護市辺野古へのV字形滑走路建設のほか、キャンプ・ハンセンの陸上自衛隊の共同使用、嘉手納基地を使った日米共同訓練も盛り込まれた。自衛隊が米軍の役割を補完するほか、将来的には紛争地での合同運用を見据えるなど、9条見直しに向けた既成事実化を危ぶむ声が上がる。

(琉球新報)
JUGEMテーマ:ニュース

一昨日は折りしも憲法の日で各地で『九条』をめぐって論争が繰り広げられた。
そんな中、鳩山内閣が『普天間』問題への結論を出してきたようだ。
その結果は『民意』を無視した、結局はアメリカに擦り寄る県内移設容認と言う、国民に対して裏切りと言ってもよい結論である。
昨年の衆院選、自民党政権の半世紀以上にもわたる支配を国民が拒否し、新しい政治を作ることを選択した選挙の結果を踏みにじるような結論、もちろんこのところの民主政権が具体化してきた様々な政策においても同様だが、こんな政治がまかり通っていては民主党にはもはや政権は任せられないと言う結論を早々に出しても当然であろうと思わせる体たらくだ。

それにしても自民党が作り出そうとしていた憲法改正の流れが浸透しかけていたにも拘らず、『九条』に対する国民の信頼は未だに厚いことが数々の調査結果で知られている。
にも拘わらず未だに憲法論議の中心は『九条』にあることも事実のようである。

確かに九条は現実に即していない。
核持込密約の話も含めて(もうそんな昔のことでダラダラと時間を費やして責任追及するのは無駄だとは思うが)特に在日米軍、そしていわゆる『核の傘』のことも考えると、そういう現実と九条は明らかにリンクしていないのは事実だ。
そして改憲派の主張はその『現実』に即していない『九条』を現実に即して変えると言う一点では、ある意味理にかなっているとも言える。

しかし、その為にはそもそもこの国を守ってきたのが、つまり日本がこの半世紀以上戦争によって尊い国民の命を奪われずに済んできた『成果』は、何に基づくものであるのか?そのことを検証して実証してこそであるとも言える。
つまり『日米同盟=集団的自衛権』と言う現実を見据えて、それと矛盾する『九条』、そのどちらの力によって、この日本の平和と繁栄が支えられてきたのか?そういう議論が必要なのだ。
その上で矛盾を取り除いて現実に即してさらに平和を維持するためには日米同盟と九条のどちらを『現実に即して』いくべきなのか?
それを議論するところまで来ている。
それこそが本当の『九条』論議だと思う。

そう考えると、日米同盟を背景にした『軍事力』、『核の傘』が日本を守ってきたのか?
それを検証することが不可欠である。
日米同盟は日本を守ってきたのか?
世界一の軍事力が背景にあったからこそ、日本の平和は維持されてきたのだろうか?

もちろん第二次世界大戦の前後まで遡れば、それは部分的には事実であろう。
敗戦によって混乱した国境線は、それに続くアジア地域の動乱、朝鮮戦争や中国内戦などによって相当脅かされてきたし、事実敗戦の混乱で日本はソ連によって一部または全部を占領される事態になっていたかもしれない事実はあったであろう。
しかしそれをもってしてアメリカの軍事力が日本を守ったと言うのなら、それは大きな事実誤認だと思う。
なぜなら歴史に『if』はない。
日本の敗戦はあくまでアメリカ含む連合国、もちろん密約によって参戦したソ連も含んだ各国によって決定付けられたのであり、仮にアメリカが原爆の完成させられずに本土決戦に持ち込まれていたら、おそらく同時にソ連も北から攻め込み、日本には東西ドイツのような分割統治が待っていた可能性はある。
それがなかったから日本は『ソ連から守られた』とされるのであれば、仮に1945年8月以降にソ連から受けるかも知れなかった被害と、原爆や各地への空襲、沖縄戦などによる米軍からの現に被った莫大な被害のどちらが大きかったか検証することが必要であるが、戦時下においてそんなことを検証するのはナンセンスであろう。
だから戦後の一時期、特に敗戦の混乱期においての米軍の軍事力と他の国の脅威については論じる必要がないと思う。
そのような架空戦記を前提に唱えてもきりがないのである。

ではどのようにして軍事力が平和を守るのか?違うのか?それを検証すればいいのか?
もっとシンプルに一つの国における軍事力と平和の関係を事実として見ればいいのである。
そうすると一つ言えることは、我々の持てる軍事力と平和との相関関係である。
ある国が大きな軍事力を持っていればその国は平和になるのか?
実際に大きな軍事力を持っている国と、その国で平和=戦争のない状態がどれだけ続いているのか?
それを見てみればいいのだ。

例えば日本、わが国は第二次大戦前、大きな軍事力を持っていた。
一応は列強の一角として国際連盟の常任理事国だったわけだから、当時としてその背景には世界でも有数の軍事力があったわけである。
しかしその、世界有数の軍利力を有する頃のわが国は平和だったか?
よく日本では戦前、戦後などと言って『戦前』とは太平洋戦争以前とされている。
しかしその前は戦争はなかったのか?
実際にはむしろ戦争はずっと続いていた。
1984年に日清戦争が始まって、その10年後には日露戦争、そのさらに10年後には第一次世界大戦に参戦、そしてその17年後に満州事変が起こり、そこから5年後の日中戦争、そして4年後には太平洋戦争においてついに米国と開戦した、そのわずか半世紀ちょっとの間でほとんど戦争のない状態がなかったのである。
これを見て『軍事力が平和を守る』と言う主張は本当に根拠があるのか、正常に考えれば疑問を感じて当然であろう。

逆に他の国はどうであろうか?
世界で一番強大な軍事力を持っているのは間違いなくアメリカだろう。
そのアメリカはどうなのか?
平和か?
第二次大戦の戦後処理的な意味合いもある朝鮮戦争はおいても、ベトナム戦争、そしてそれが終結しても湾岸戦争、アフガン、イラク戦争、アメリカが戦争のない状態=平和な時期などはやはりこの半世紀でわずかな期間でしかない。

こう考えると『大きな軍事力』を持つことが『平和』につながると言うのは実際には成立していないことに気づかされる。
むしろ軍事力に対して冷静な態度で距離を置いてきた『九条』の理念が、結局は日本の平和を維持してきたことが明らかであろう。

それでも突然日本が侵略される可能性もある、もし北朝鮮が、中国が、などという人間が必ずいる。
もちろんその為に日本が防衛力を持つこと自体は必要だし、十分に持っていることは明白だ。
そもそも日本は有史以来他国からの侵略など数えるほどしか受けたことがなく、しかも受けたとしてもそれは外交的な政策の失敗の結果でしかない。(元寇、第二次大戦)
そういう外交的な失敗がなければ、特に海を隔てて、資源もない日本に自ら触手を伸ばして侵略を画策した国家は未だにいないのは厳然たる事実だ。

それは今でも変わらない。
日本のような(国土的に)ソフトウェア的な価値しか見出せない地理条件の国を莫大な費用を投じて侵略するメリットのある国など存在しないし、過去にも存在しなかった。
だから他の国と違って歴史を見渡しても他国からの侵略によって犠牲になった人間の数は、国内の内乱や勢力争いで犠牲になった人間の数の何万分の一、いやそれ以下でしかないであろう。
それを考えると古来から日本人に対して最も残虐な虐殺行為をしてきたのは、外国人よりも他ならぬ同じ日本人であったことは明白である。
まあ別に町人は日本の国土の価値を否定しているわけではなく、逆に日本に住む我々がわざわざ多大な犠牲を出して人的損失を覚悟して台湾とかフィリピンあたりを占領して何かメリットがあるのか?それと同じことだと言いたい。
国は領土が増えて喜ぶかもしれないが、一般市民には特にメリットはない。
逆に改革、解放されてきた中国あたりでも同じように考えている人間は多くなってきているだろう。
そう考えると、昨今南方の海で牽制しあっている自衛隊と中国海軍も見方が変わってくる。

ああ言うのは中学生くらいの頃のいわゆる不良グループの抗争のようである。
町人が中学生くらい頃もアタマの悪い不良グループが同じようなことをしていた。

うちの中学の縄張りで隣の中学のやつらがデカイ面してる。
うちの中学がナメられてる。
おれたちが守らなきゃならない。
シメに行くから集まれ。

そんなことをよくやっていてまとめて警察に捕まっていたが、一般生徒には何の関係もなかった。
別に町人を含む一般生徒は縄張りとか関係なしにどこにでも自由に行っていたし(塾などで学区外に行くことなんか当たり前だし、それで咎めてくる他中の奴などもいなかったのだが)もちろん自分の学区内に他中の人間がいてもなんとも思わなかった。(と言うかよそ者が入ってきたらすぐ顔見てわかるほど閉鎖された田舎じゃないので他中の人間かどうかすらわからないレベル)
そして関係ないところで関係ない奴らがにらみ合って抗争。
もちろんそういう抗争をする連中も一般生徒には全く相手にされていなかった。
そいつらだけで勝手に『番を張ってる』とか言っていたが、99%の生徒はその『番長?』とやらの存在すら知らず、校内では単なる落ちこぼれの不良扱い。

なんか自衛隊と中国海軍の小競り合いもそれと似ている。
おれたちの縄張り近くをウロウロしてる奴らがいる、シメてやる、にらみ合う。
それの繰り返し。
一般市民には何をやっているのか理解不能。
そもそも他国が公海上で軍事演習をしているのなら、それを堂々と見張ってれば『あっち行け!』となるのが普通であろう。
公海上だから演習は自由だし、それを他国にあまり観察されては自国の武器や兵士の練度、作戦内容などの軍事機密が丸裸にされてしまうわけだから思うように訓練できない。
自衛隊が公海上で訓練していて同じ事をされたら、やはりあっち行って欲しいだろう。
どっちもどっち。
結局誰のためにもならない縄張り争いをしてる不良と同じレベル。

それなのに本当に日本を守り、平和を続けてきた『九条』に嫉妬の目を向けるおかしい人間が未だに多い。
結局これも武力と言う『凶事』を生業とし、それを必要性を強調することで社会全体を支配してきた軍事専業階級の価値観、いわゆる武士の一分をいまだに忘れられない連中の論理であろう。

そしてそれにまんまと騙されてついに普天間問題を最悪の決着へと持っていこうとする鳩山内閣。
他国に侵略することが生業の海兵隊が『抑止力』とは本当に笑わせられる。
これが決着なら支持率はさらに下がり、鳩山内閣は、いや民主政権自体が早くも崩壊へ向かうのは自明であろう。
そしてそのダメ押しとなったこの出来事の背景にあるサムライの論理への屈服を見るにつけ、これが憲法の日を境に起きた、そのことが象徴的に見える。
そしてこのことからこの国が本当に変わるのは結局最終的には官僚サムライの論理に対してはっきりと『No!』を突きつけられる指導者が出るのを待つしかない、そう感じた町人の一分である。

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元の責任は確かに自民党なんだけどさ
 普天間問題というより日米地位協定をなかなか見直せなかった、あるいはそもそもの発端である米兵少女暴行事件(ウィキペディア)をもっと糾弾できなかった日本、しいては政権を担当していた自民党の責は大である、と言わざるを得ない。  なぜならばここで政治的配慮
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